ティト・オーティズ物語:黄金時代篇

日本時間7月8日に行われるUFC 148でのラストファイト、フォレスト・グリフィン戦を前に、ティト・オーティズのキャリアを振り返る3部作の第2章。
Tito Ortiz and Ken Shamrock after UFC 40  2000年4月当時のMMAを取り巻く状況は今とは違っていた。ほとんど名前を知られていなかった25歳のハンティントンビーチ出身の若者は、同じく名前を知られていなかったヴァンダレイ・シウバと対戦するために東京へと旅立った。この頃、試合前のPRツアーはもちろん、FOXスポーツも、さらにESPNやYahooですら試合を取り上げる事はなかった。

 インターネットや一部の雑誌にはMMAに注目するものもあったが、団体は資金不足に苦しんでいた。しかし、そのようなことは、2000年4月14日に行なわれた試合には何の影響も及ぼさなかった。オーティズはシウバに3-0の判定で勝利。オーティズは自身を最後に倒した男―フランク・シャムロック―が返上したベルトを手にすることとなった。

 彗星のごとく現れた元レスリング選手がチャンピオンとなることで、MMA界は活性化した。というのも、彼が才能に恵まれていただけでなく、その金髪と“悪ガキ”的なパーソナリティが、コアなファンだけでなく、一般のスポーツファンや、女性や子供にもアピールできるものだったからだ。人々は格闘技もファイターも大好きだが、そのパーソナリティこそがもっともファンを魅了する要素であるのは間違いない。そして、モハメド・アリやハルク・ホーガンを崇拝するオーティズは、カリスマ的なパーソナリティを備えていた。

 「ファンを楽しませる事が重要だと思った」そう彼は2007年に語った。「それが俺の仕事だ。俺がUFCに参戦した時から、UFCはエンターテイメントだった。もちろんファイトはファイトだが、そこにエンターテイメントもある。オクタゴンに入るとき、俺は自分の魂のすべてを捧げている。トレーニングに妥協はしないから、自分のやることには自信を持っている。常に100%で戦っているし、相手を倒すことでファンを楽しませたい。最前席で観戦してくれている人も、TVでペイ・パー・ビューを購入して観戦してくれている人も関係なくね。ティト・オーティズの試合はいつでも素晴らしいと感じてもらえればいいな」

 オーティズは近藤有己相手に初防衛戦を成功させた2000年12月以降、のちにライトヘビー級と名前の変わる205ポンド級のトップに君臨し続けた。しかしそれには様々な側面からの助けがあり、2001年にUFCを買収したZuffaの協力も欠かせなかった。そしてオーティズのキャリアに一番の影響を及ぼしたのは、オーティズの元マネージャーであり、UFCの陣頭指揮をとったデイナ・ホワイトだった。

 デイナはオーティズについて2002年のインタビューでこう応えている。「彼は戦うときはそこにすべてを集中させ、本当のファイターになる。しかしオクタゴンの外では面白く、ファンを楽しませる青年だよ。ティトには広く人々に受け入れられる人望がある」

 ティトは本当にそんな人望の厚い人物であったし、初期のUFCを思い起こす時、その名前が必ず頭に浮かぶ存在となった。試合前のトラッシュトークや、試合中のグラウンド&パウンド、そして試合後に着用する対戦相手に対するメッセージが書かれたTシャツからも、彼の人柄が見て取れる。そして、エヴァン・タナー、エルヴィス・シノシック、そしてウラジミール・マティシェンコに対する3連勝を経て、UFC最大のスターとなった。

 「彼は本当によくやってくれた」とデイナは語った。「タナーとの試合は彼にとって一番のプレッシャーだったと思う。あの試合は当時としては最大となる5000人もの大観衆の中で行った。そして、マンダレイ・ベイでのUFC 33もすごいプレッシャーだったはずだ」

 しかし、その二つよりも大きいプレッシャーが、間もなく彼に襲い掛かろうとしていた。彼にとって最大のプレッシャーは、UFCのパイオニアである、ケン・シャムロックとの対戦であり、オーティズにとっては、MMA史上最大となる大観衆の前で、スポットライトを浴びる機会となった。

 新旧のスターがしのぎを削ったこの一戦は、オーティズにとって彼を取り巻く状況を変えた試合になった。僕にとってオーティズの一番記憶に残っている姿は、ホテルの宴会場を使って、コーチのドン・ハウスを相手に、ミット打ちとコンディショニング・ドリルで自らを追い込んでいる姿だ。BB・キングがかつて言ったように、彼はそのとき、『ボスになるための代償』を払っていのだ。そしてシャムロックを3ラウンドTKOで下し、2002年11月22日、彼は本当にボスとなった。

 「皆が僅差の試合になると予想していたし、ケンはタフだったし強かった」そう2003年オーティズは語った。「ただ、俺がこの試合に向けてどれだけ努力して成長したか、ケンを評価していた人たちは知らなかっただろう。そしてUFC 40を見たとき、人々はMMAの新たな側面を目撃した。試合後、皆が『シャムロックを圧倒していたな』と言ってくれた。チャンプになりたいなら、それを勝ち取る必要がある。あの夜、ケンには王者になる資格はなかった。俺が彼以上に努力したからな」

 ティト・オーティズは世界一だった。彼はライトヘビー級王者で、MMAの顔だった。そして彼は、競技の枠を越えて、スポーツ界全体のスターとなった初めての選手だった。しかし、王国も崩壊する時が迫っていた。ランディ・クートゥアと、チャック・リデルが虎視眈々と彼のベルトを狙っていた。

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