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女子ストロー級 ディビジョン

現役

アリス・ アルデレアン

女子ストロー級 ディビジョン

9-7-0 (W-L-D)

4

ノックアウト勝利数

4

サブミッション勝利数

アリス・ アルデレアン

athlete record

Info

アリス・アルデレアンのUFC戦歴やファイターデータ、Q&Aなど

Status
現役
出身地
Satu Mare, ルーマニア
ファイティングスタイル
ストライカー
年齢
32
身長
63.00
体重
115.00
オクタゴンデビュー
2024.07.27
リーチ
62.00
レッグリーチ
36.00
  • プロデビューは2012年
  • ノックアウトで4勝、サブミッションで4勝(RNC2回、アームバー2回)
  • 第1ラウンドフィニッシュは5回
  • 過去7戦で5勝
  • UFC経験者のジャン・ウェイリー、クリスティーナ・スタンチュ、ディアナ・ベルビツァと対戦

UFCファイトナイト・ラスベガス99 (2024年10月19日)3ラウンドマッチでメリッサ・マルティネスにユナニマス判定負け

UFC 304 (2024年7月27日)3ラウンドマッチでショーナ・バノンにスプリット判定負け

今回の試合に向けたトレーニングの特徴は?
オーランドでトレーニングしたこと。

ファイターとしてのトレーニングを始めたのはいつ? きっかけは?
14年くらい前に、友達のグループと一緒に始めた。当時はゲーマーで、オンライン上の知り合いから『CS 1.6』をプレーしてる太った女の子だってからかわれていたから。一部の脅迫が少し深刻だって感じたから、誰かがケンカを仕掛けてきたときのために、コンバットスポーツをやることにしたの。

プロでの実績は?
RXFルーマニアの女子フライ級で、アナ・マリアと戦ったときに、最初のプロMMAのベルトを勝ち取った。2つ目のプロでのベルトは、EFC南アフリカでジェシカ・モーネインネと女子ストロー級で戦ったとき。3回目はホームタウンのサトゥマーレで、UFTルーマニアの女子ストロー級でディリア・スヤパと戦ったときに獲得した。

アマチュアでの実績は?
ルーマニアでMMAを始めたときには、どのタイプの試合でも本当に珍しかったから、アマチュアでは戦ったことがない。「試合したいか?」 と言われれば、それが何であれ、いつもイエスと答えたわ。

打撃で獲得したランクやタイトルは?
エヴァ・シュルツ戦でAFSO K-1ドイツの女子ストロー級王者(2017年5月20日)になった

これまでで最も厳しかった試合とその理由は?
これまでで1番きつかったのは、2015年にレディース・ファイト・ナイト・ポーランドでシルヴィア・ユスケビッチと戦った試合。あの頃の私はジャーニーマンみたいな感じだった。すごく貧しくて、お金のためと、どうせ失うものはないっていう考え方で、試合を受けていたの。プロチームの支えがないまま連敗していて、カーディオのセッションをいくつかやってから、打撃をやるって感じだった。グラップリングやレスリングはゼロ。ただの“ファーマー”だった(私が自分について言うときに気に入っている表現)。

1番好きなファイターは?
MMAを始めた頃はジーナ・カラノを見ていて、すごく感銘を受けたし、彼女に夢中になった。なんてクールなのって感じで。彼女の打撃とかボディ、顔・・・それにスキル。すっかりやられちゃって、彼女みたいになりたいし、いつか彼女に会うんだって言ってた。それからネイト・ディアス。彼のスキルとかファイティングスタイルが好き。大好きだし、いつもアドレナリンが出で、私も戦いってなる。

大学には行きましたか?
ホームタウンで大学の勉強を終えた。体育教育とスポーツを学んで、解剖学も1年やった。

ファイターになる前の仕事は?
戦い始める前はまだ高校生だった。でも、卒業してからすぐに、トレーニングもできるように、ホテルとジムの受付をパートタイムでやったわ。戦い始めてからは、そちらの活動をアクティブにできるように、いろいろな仕事をやった。警備とか、マッサージセラピストとか、犬のグルーミングとか、清掃員とか、ナニーとか、Ebayの販売員とか・・・。あらゆることをやったと思ってる。

その他
家族の中でアスリートは私だけ。みんなあまりスポーツには興味がないけど、私のことはいつもサポートしてくれている。幼い頃はけっこう活発で、長い休みの間は祖母が生まれ育った村で過ごしていた。うちには家畜がいなかった分、近所の家に行って、動物の世話や畑で干し草を集める手伝いをしたわ。季節によっては、野菜や果物を収穫することも。やんちゃで、いつも木に登ったり川で泳いだり、迷子になった犬を拾って家に連れて帰ったりしていた(だからよく怒られたけど)。とにかく動物が大好き。

他のことのように勉強は好きになれなかったから、スポーツ専門の高校を選んだの。成績は良かったんだけど、それはいつもクラスでトップの子のテストを写していたから。ごめんなさい! 高校ではバスケットボールをしていたけど、ゲーマーでもあったわ。小さなチームを作って大会に参加したり、トレーニングをしたり。『カウンターストライク1.6』にはまって、首と背中が痛くなるまで夜通しプレーしてた。

男子が中心のグループもいて、彼らとはよくスケートボードやインラインスケートをしていた。

今でもおてんば娘なのは変わりないわね。

MMAに参加し始めた時、家族は応援してくれたけど、祖母だけは私が試合に出るたびに泣いたり、相手が私を殴ったらリングに入って来るって脅したりしてきた。だから、祖母を試合に連れて行ったことはない。

格闘技を始めた時からキャリアを通して達成したい目標をいくつか立てて、まずは地元の新聞に載ること。次はテレビに出ること。それから別の街でトレーニングだけに専念できるようになって、次はトレーニングだけに専念できるように海外でマネジャーを見つけること。そして最後は、戦績を伸ばしてUFCで戦うこと。

イングランドに移る前は近くにプロのMMAチームがなかったから、どうせ失うものは何もないし、というメンタリティで、ゲームプランもMMAのトレーニングもないまま試合を受けたりして、失敗を繰り返していたわ。当時は1試合300ドルから400ドルもらえて、私にとっては大金だったから。イングランドに移住するまで稼ぎはまったくなかったからね。

最初の頃はジャーニーマンみたいな感じで、負けが続いていたけど、イングランドでグラップリングやレスリングをゼロから始めて、それから勝てるようになった。でも、ジムが閉鎖されたり、チームを選ばなきゃいけなかったり、毎日仕事をしながらトレーニングしたりと、大変なこともたくさんあったわ。

当時の月収は500ポンドから700ポンドくらいで、その中から家賃や生活費を払っていた。仕事とトレーニングを両立するのに苦労したわ。仕事の疲れが取れなくて、次の日のトレーニングが辛かった。でも、決して諦めずに必ず練習には参加した。

家族はどんな時でも応援してくれた。誰もいない家に帰るのが嫌だから、今でもあえて両親と一緒に住んでいるわ。

妹とその夫もすぐ近くに住んでいて、今は家族全員がイギリスに住んでいるの。みんな私の前に移住してきた。私はトレーニングのためにルーマニアを離れてドイツに移って、それから家族の近くにいたいと思ってここに移ることにしたわ。

社会とまじわる生活っていうのは、ほとんど存在しないの。ほぼジムにいて、その後は疲れていて何もできない。1年くらい前に、TikTokでおもしろ動画とかリアクション動画を投稿し始めたら、フォロワーが300万人になった。笑えるコンテンツを共有することで、皆が笑顔になって、彼らの生活に喜びをもたらせるのがうれしい。TikTokのファンからすごく応援してもらってる。特に“大きな目の女の子はMMAファイターなんだ”って彼らが気づいたときにね。

普段はソーシャルメディアで自分の試合を宣伝していて、過去の3試合の報酬(それほど大金ではないけど、シェルターを助けるには十分)は、故郷にある“野良犬シェルター”に使ってる。PPVを購入してくれる人もいるし、プロモーションも私に一定の割合をくれていて、そういうお金も全部野良犬のために使う。ルーマニアには野良犬が多くて、シェルターは満杯。残念なことに、引き取る人はそれほど多くない。自分にできる限りの手助けができるのはうれしい。受け渡しの中でお金がどこかへ行ってしまわないように、だいたいは自分で出向いて、彼らのために食料や清掃用品を買っていく。

自由な時間のほとんどは、家族と一緒か、ジムで過ごしてる。趣味とか、アクティブな活動はないの。怠け者だし。食べるのは好きで、特にスイーツが好き。