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#13 女子バンタム級 ディビジョン

現役

"ザ・ワイルド・ワン"

ミシェル・モンタギュー

女子バンタム級 ディビジョン

8-0-0 (W-L-D)

ミシェル・モンタギュー

athlete record

Info

ミシェル・モンタギューのUFC戦歴やファイターデータ、Q&Aなど

Status
現役
出身地
Matamata, ニュージーランド
ファイティングスタイル
レスリング
年齢
32
身長
69.00
体重
134.50
オクタゴンデビュー
2025.09.27
リーチ
68.50
レッグリーチ
40.50
  • プロデビューは2022年、UFCデビューは2025年9月
  • サブミッションで6勝(RNC6回) 
  • 第1ラウンドフィニッシュは3回、第2ラウンドフィニッシュは2回、第3ラウンドフィニッシュは1回 
  • 世界選手権とコモンウェルスゲームズでレスリングフリースタイルのニュージーランド代表チーム入り 
  • ニュージーランド出身で初めてUFCに参戦した女性ファイター
  • UFCチャンピオンのケイラ・ハリソンと共にトレーニング

UFCファイトナイト・ラスベガス116 (2026年4月25日)3ラウンドマッチでマイラ・ブエノ・シウヴァにユナニマス判定勝ち

UFCファイトナイト・パース (2025年9月26日)3ラウンドマッチでルアナ・カロリーナにユナニマス判定勝ち

ファイターとしてのトレーニングを始めたのはいつ? きっかけは?
あのときは20歳で、MMAとかBJJとか、とにかく格闘技については映画以外では全然聞いたことがなかった。でも、たまたま見たトレンドの映像が、今は誰でも知っている(私は当時知らなかった)この人、ロンダ・ラウンジ―の映像だった。彼女の試合を見たら、他の女の人たちをぼこぼこにしていた。身体つきなんか私とそんなに変わらなくて、小さいときから高校時代までやってきたたくさんのケンカを思い出したの。びっくりした。これって本当にあるスポーツなの!??って。“近くのMMAジム”ってググったら、45分のところにCore MMAっていうのがあった(私が毎日ラグビーの練習をしていたのと同じ街)。次の日にはカルロに会って、そこから10年、今はここにいるってわけ!

アマチュア格闘技での成果は?
2022年IBJJF青帯世界オープンチャンピオン。
2021年シュリケンフェザー級チャンピオン。
2020年IMMAFライト級オセアニア王者。
2020年と2019年、ニュージーランドのサブミッション・グラップリングナショナルチャンピオン。
2019年IMMAFライト級世界チャンピオン。
2019年IMMAFライト級オセアニア王者。
2019年UWWレスリングワールド/ニュージーランド代表
2017年オセアニアレスリングチャンピオン。

グラップリングで獲得したベルトやランクは?
ブラジリアン柔術紫帯

これまでで最も厳しかった試合とその理由は?
間違いなく、マディソン・スクエア・ガーデンでのアビー・モンテス戦! 準備は万端だったけど、会場で聞こえなくなっちゃって、大きくて強いメキシコのボクサーを相手に、ボクシングをやりすぎてしまった。やみつきになるほど楽しかったけど、ゲームプランには入っていなかった。第3ラウンドまでいってようやく切り替えて、テイクダウンしてゲームプランを守った。155パウンドは楽しいけど、私の普段の体重くらいで、あの試合では他よりも特にそう感じた。アビーは本当にアスリートそのものって感じ。でも、試合の後はビールを飲みながら笑って話した。

1番好きなファイターは?
何人か思いつくけど、私の中での今の1番ってなるとディエゴ・ロペス。ケージの中でも外でも彼のスタイルが好きで、静かで謙虚な自信、それに、彼のストライキングは信じられないくらいだけど、グラップリングもなめらかで、流れるようにポジションが変わっていって、本当にいろいろなサブミッションで攻めるのはとにかくかっこいい! 彼がショートノーティスでATT(アメリカン・トップ・チーム)のすご腕、イヴロイエフ(この人が指先だけでジャンピング腕立てをしているのを見たことがある)と戦ったときのことを覚えていて・・・あの試合で、ディエゴのやったことやいろいろな要素を踏まえて、吹っ飛ぶような衝撃を受けた。

大学には行きましたか?
いえ。ベイ・オブ・プレンティ工科大学で観光ビジネスの1年のディプロマをとった。それが19歳という年齢で、フロリダでライフガードの仕事をすることにつながって、振り返ってみればそれが何年も後になって私をアメリカン・トップ・チームと引き合わせたのかも。

ファイターになる前の仕事は?
小さいころから農場を手伝っていて、何年かライフガードの仕事をした。その後は大部分の時間を“Viking Kayaks”の工場マネジャーとして過ごした(これは20年にわたるうちのファミリービジネス)。ニュージーランドのマタマタっていう小さな街で、当時の世界最高のフィッシングカヤックを作ってたんだから!

ニックネームの由来は?
歩いたり話したりできるようになった私は(良くも悪くも)“私に指図しないで”って感じのクレイジーな子どもで、両親は私の覚えている限りの昔から、私をワイルドチャイルドって呼んでたの! 兄や学校の子たちとケンカしたり、父や母が搾乳している傍らで牛や子牛にロデオスタイルで乗ったり、手作りのカートに乗って農場の砂利道でドリフトしたり、4歳の頃から男の子たちとラグビーをやったり、挙げていけばきりがない。ザ・ワイルド・ワンっていうニックネームは、そのまんま過ぎて考える余地もないくらい(笑)。

家族構成等:
今のところ子どもはいなくて、私自身が2人兄弟の1人。でも、兄やその子どもたちにとっては、誇れる叔母なんだ! 300頭の牛を飼う酪農場で育って、金曜日の夜には父や兄とポッサム狩りに行き、赤ちゃんポッサムを飼うために連れてきたりしていた(父は内心では嫌がってただろうけど)。母はいつも馬を1頭か2頭飼っていて、馬術の試合に出ていた。母は南オーストラリアのアウトバックで、馬に乗りながら育ったんだ。私はしばらく、兄や父と一緒にBMXのレースに出ていた。オーストラリアのアデレードが会場だったときには、世界選手権にも出た。小さいころから水も身近にあって、カヤックやボートや岩場で釣りをしたり、地元のビーチで家族とサーフィンしたり。できるときには、バイクを持っていって森や泥道でトレイルライドもした。誕生日は毎年、20人くらいの子どもが自分のバイクに乗って、農場を走ったりジャンプしたりする。学校ではちょっと問題児だった。話したがりすぎたりしてね。おバカなケンカもした。多分、私のビッグマウスのせい。実力で証明できるんだとか、誰にもなめられないぞとか思ってた。今はそういうのはもう終わって、もっと思慮深く、言葉で解決できるスキルを理解している、と思う。

試合に向けたトレーニングをしていない時の趣味、アクティビティや関心は?
釣り、サメの歯探し。サーフィン。スケーティングやバイク。犬。日曜大工や、何かを作ること。カントリーラインダンス。貝殻でアートやジュエリーを作ること。手つかずの自然を探検すること。ダートバイク。ロデオやブルライディング。ラグビー。

その他:
4歳のときからラグビーを20年やってる。それが人格形成に影響してるんじゃないかな。