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1時間51分8秒の圧倒、デメトリアス・ジョンソン最強説

 

たった1分だった。人によって数秒足したり引いたりするかもしれないが、とにかくデメトリアス・ジョンソンが唯一、UFCフライ級タイトルを失うピンチと言える状況に陥ったのは2013年1月に行われたジョン・ドッドソン戦での、その60分の1時間だけのこと。

その1分間で2度もマットに倒されながらも、ジョンソンは素早く立て直すと、そこから3ラウンド半にわたって戦い抜き、ユナニマス判定勝ちで王座を防衛したのだった。

 



最初の防衛戦をものにしたことで彼の真の防衛ロードが始まり、それ以来、ジョンソンを追い詰めた選手は現れていない。直近で蹴散らされた挑戦者は無敗の五輪金メダリスト、ヘンリー・セフード。ジョンソンは日本時間4月24日(日)に行われたラスベガスでの試合で、3分とかけずにセフードを仕留めてしまった。

これで連続防衛記録は8、現ライトヘビー級暫定王者ジョン・ジョーンズに並んでUFC史上2位の記録だ。1位は元ミドル級チャンピオン、アンデウソン・シウバの10連続防衛である。

こうした卓越したパフォーマンスには”マイティ・マウス”の異名を持つジョンソンこそ、ジョーンズに代わるMMAのパウンド・フォー・パウンド・ファイター(体重を同一だと仮定した場合の最強選手/P4P)だと推す声も増えている。とはいえ、ジョンソンが今現在だけでなく、UFC史上最も圧倒的なチャンピオンだというのは、いささか言い過ぎにはあたらないだろうか。

そもそも彼の名前はまだぱっと頭に浮かんではこない。そのレベルの領域を占めているのは、シウバ、ジョルジュ・サンピエール(GSP)、ジョーンズ、チャック・リデル、マット・ヒューズ、ティト・オーティス、フランク・シャムロックといった忘れがたいアイコンたちの名前だ。しかし、ジョンソンの防衛ロードをじっくり見てみると、単に長期間にわたっているというだけではなく、内容も歴史的だといっていいことが分かる。

初期のP4P候補者であるシャムロックは1997年から1999年まで、今でいうライトヘビー級のチャンピオンに君臨していた。シャムロックは才能にあふれ、圧倒的な強さを誇ったが、1999年にティト・オーティズとの死闘を経てタイトルを返上、いったん引退している。

 



オーティズとリデルも王者時代には力でライトヘビー級を圧倒しているが、両者併せて9度のタイトル防衛という記録自体はシウバの記録に見劣りする。

MMAのファーストレディー、ロンダ・ラウジーの2012年から2015年の防衛ロードにも強い説得力があった。ロンダは6回のタイトル防衛に成功し、いずれもフィニッシュ勝利。うち5試合は1ラウンドで、3試合は1分以内で試合を終わらせている。ただ、昨年11月のホリー・ホルム戦での敗退により、多くのファンや評論家はラウジーの現在と将来にばかり注目するようになり、負けるまでの彼女の功績への評価は薄れてしまった。ジョゼ・アルドの5年間のフェザー級防衛ロードにも同じことが言える。アルドは7度の防衛戦で6人の挑戦者を下した後、コナー・マクレガーに衝撃のノックアウト負けを喫した。彼らの防衛ロードについては改めて議論するとしよう。

では、ジョンソンの防衛ロードは、ジョーンズ、シウバ、GSP、ヒューズという恐怖の4人衆と、どのように比較できるのであろうか。いずれの選手もそれぞれの階級を長年制圧し、その過程で素晴らしい試合を見せてくれた。しかし、ここで、圧倒したかどうか、という点に着目するなら、神秘の王者たるもの、君臨している間、ほぼ身体を触らせなかった、というくらいでなければならないはずだ。そうなるとヒューズは対象から外れる。ヒューズはフランク・トリッグやB.J.ペンにあやうくフィニッシュされるところだったからだ。シウバも、5ラウンド目の奇跡の逆転劇まで、チェール・ソネンの手によって敗戦の淵(ふち)まで追い込まれた。ジョーンズはヴィトー・ベウフォートにほとんど一本を取られかけたり、アレクサンダー・グスタフソンとの5ラウンドにわたる激戦を制したりしなければならなかった。そしてGSPはカーロス・コンディットの蹴りにノックダウンされたり、ジョニー・ヘンドリックスにからくも判定勝ちを収めたりしている。

そうしたことが悪いわけではない。

それどころか、ファイターが敗戦の淵(ふち)から復活し、勝利をもぎ取る姿にはチャンピオンのハートが見える。こうした試合こそ、長年にわたって語り草になるものなのだ。ジョンソンもまた、試合序盤でのノックダウンから立ち上がり、そこからの3ラウンドでドッドソンを下している。

しかし、”ピンチ”は1試合どころか、1ラウンドどころか、たった1分しか続かなかった。ジョンソンの負けが人々の頭をよぎったのは、これまでにその1分間だけなのだ。ジョンソンはそれ以降、オクタゴンで合計1時間51分8秒にわたって戦い、7勝を記録している。うち5試合をフィニッシュし、判定決着となった2試合で、2人のジャッジの採点でラウンドを1つ落としたに過ぎない。

これこそ、身体に触らせないほどのチャンピオンとしての実績だ。アリが”ロープ・ア・ドープ”戦術でフォアマンの消耗を待ったり、ほぼ視界を失っていたレナードがハーンズをノックアウトしたのとはわけが違う。むしろ49連勝のフロイド・メイウェザー、パーネル・ウィテカーやウィリー・ペップらがテクニックを駆使して防衛戦を勝ち続けたのにも似て、もっと完全試合に近いものだ。

つまり、楽しめるうちに”マイティ・マウス”をしっかり味わっておくべきだ、という話である。なぜなら、もし彼が去ってしまったら、彼のような人がまた現れるまでに、1分では済まないからだ。