UFCではただの一度きりしかその勇姿を見ることはなかったが、大きなカリスマ性とオーラをまとった“ザ・ジェントル・ジャイアント”ことエマニュエル・ヤーブローが12月21日(月)、バージニア州リッチモンドでこの世を去った。享年51。ヤーブローがオクタゴンに足を踏み入れたのは1994年9月に行われたUFC 3のキース・ハックニー戦。直前の特集番組ではナレーターが「かの有名な不動の物体に突撃」と述べるほど大巨漢だったヤーブローは身長203cm、体重は279kgあった。ニュージャージー州生まれのヤーブローは印象的な見た目ながら相撲取りらしく中身はアスリートそのものだ。ギネスブックに世界最重量級アスリートとして掲載されたこともある。身長180cm、体重90.72kgのハックニーとの一戦で、ヤーブローはあっという間に攻撃を受けて1分59秒の速さで敗北を喫したものの、その後に挑んだ修斗で中野龍雄(中野巽耀)に勝利を収めた。さらにPRIDEにも参戦したが、高瀬大樹に負けている。現役引退後、ヤーブローはアメリカ国内の相撲大使を務める傍ら、俳優としても活躍。ダイアン・キートンやミッキー・ロークらとの演技に挑戦した。長きに渡りマネジャーを務めてきたベアトリス・H・デイビスは声明の中で「エマニュエルの情熱は旅行をすることにありました。彼にとっては容易なことでなかったとはいえ、夢を追いかけ、出会う人々に笑顔をもたらす彼を止める理由にはなりません。新しいリアリティ番組の主役になることが決まっており、誰に対しても思いやりと愛を捧げた彼と触れ合う機会のあったすべての人々に、さらなる笑顔をもたらし続けるはずでした。世界中にいる多くのファン、友人、そして家族が彼の死を惜しみます」と述べている。その人生を通して肥満に苦しんだヤーブローはしばしば「自分の身体の囚人だ」と語っていたが、似たような境遇の人々を自身とは別の方向に導こうと尽力した。デイビスは「エマニュエルは肥満の人々、とりわけ子供には助けが必要なのだと言い続けました。世界を飛び回り、肥満の認識を高めてきました」とも語っている。UFCはエマニュエル・ヤーブローのご家族、ご友人の皆様方に謹んで哀悼の意を表する。マネジャーのデイビスより、ヤーブローの葬儀費用を工面する母上の援助として『Gofundme(ゴーファンドミー)』にページを開設した旨の連絡があった。詳細はこちら。【写真提供:ベアトリス・H・デイビス】