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ブロック・レスナー:名言集

 



日本時間7月10日(日)にラスベガスで開催されるUFC 200でマーク・ハントとの対戦が決まった元ヘビー級王者のブロック・レスナーにとって今回は2011年以来の試合となる。自身が不在の間にUFCでは多くの出来事があったが、格闘技界を代表するファイターの1人であるレスナーの功績を彼の言葉を通して振り返る。

大学卒業後の人生(2007年)

「2000年はダメな年だった。MMAで活躍できる場もなかったし、本当にポケットに4セント(約4円)でしかない状況で生活したいた。友達にビールを買ってもらって、彼女にステーキをおごってもらっていた。だからオレにとっては、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)でトライアウトしながらもう1年残るか、WWE(ワールド・レスリング・エンターテインメント)と正式契約を結ぶかの2択だったんだ」

地元での生活(2007年)

「サウスダコタ州のウェブスターにある酪農場で育った。クルマは100ドル(約1万円)で買った4速とリバースのギアがないマツダRX-7に乗っていたよ」

人生の哲学(2007年)

「レッスルマニア(WWEの興行名)が終わってすぐNFLに移動して、そこからバイキングスのトレーニングキャンプに参加した。その時に"オレは一体何をしているんだ"ってふと思ったんだ。休みをとるべきだったかもしれない、ただ、オレを知っている人間なら分かると思うがオレは直感で動く男だ。結果は後で考える。人生は一度きりだし、決断をためらうのが苦手なんだ。とにかくやってみる。もちろん、年や経験を重ねるにつれて直感に頼りすぎることは少なくなった、ただ今でも基本的に考え方は同じだ」

格闘技を始めた頃を振り返って(2007年)

「ジュニアカレッジ(短期大学)在学中に初めての試合に出場しようと思っていた。カリフォルニア州ラッセンでサマースクール(夏休み短期学校)に参加した時に、ライオンズ・デン(ジム)でトレーニングしていた人に出会う機会があったんだ。そいつらがオレのためにネバダ州リノで試合を組んでくれたんだが、もし試合に出場して賞金を貰ってしまうとNCAA(全米大学体育協会)でレスリングの試合に出場できなくなってしまうことを考えて欠場した。でも19歳から20歳にかけて、短期大学で柔術を学んでいたよ」

MMA参戦(2007年)

「誰もオレに興味がないと思っていた。それがどうだ。今は難しい状況にいる。プロレスで活躍し、NFLも経験した、世界中の人間がオレのことを知っている。誰がオレのことを真面目に受け止めるんだ? 誰も知らない場所で一からやり直すしかないのか? それが無理なのはオレ(の名前)が有名だからだ。ジ・アルティメット・ファイター(TUF)に初めて出場したファイターよりも地位がある。さあどうしよう? まずはオレの活躍をサポートしてくれる団体を見つけて、そこからどうなるかは後で考えるとする」

 



MMA参戦にあたっての変化(2007年)

「変化は多かった。6年以上レスリングから遠ざかっていたからね。体が痛んで、本当にMMAで戦えるのかを疑った時期もあった。プロレスとは完全に違う世界だ」

キム・ミンスとのデビュー戦(2007年)

「とにかく人の顔面を殴れることが嬉しかったんだ。天国にいる気分だった。すぐ終わったように感じたな。69秒が5秒に思えたよ」

UFCにたたき付けた挑戦状(2007年)

「みんなの注意を引くためにやったのは間違いではない。経歴を積んだファイターと試合をして、勝ちたかった。オレの実力を証明したかった。だからUFCを名指した」

対戦相手は問わず(2007年)

「UFCの登録選手を上から下まで見たけど、誰とでも試合ができる。オレの頭の中では準備ができているつもりだ。オレは5歳の時からレスリングを経験してきている、みんなそれを分かっていないと思う。いろいろな運動も経験して継続している。オレには18年ものレスリング経験があるんだ。それに対して、ほとんどのファイターが一定の経験を積まないで戦っている。今すぐにタイトル戦に挑むのは難しいけど、必ずタイトル戦に出場する。どんな相手との試合にも出て、オレの実力を証明する。対戦相手を選ぶためにここにいるんじゃない。本当に誰とでも戦う。それがオレの仕事だ。試合を組むのはオレの仕事ではない。オレの仕事は戦うこと、それだけだ」

フランク・ミアとの初対決(2008年)

「自分に腹が立っている。フランクをマットに沈めておきながらフィニッシュできなかった。あれはバカだったな。経験が浅いということもあるだろう。アイツが怖がっていたのは分かる。アイツは掴めるものを必死に探していた。そこでオレが捕まってしまったんだ」

批判者の口を塞ぐ(2008年)

「みんなを黙らせるためにここ(UFC)で試合をしているんじゃない。オレは最強のファイターと戦いたいだけなんだ。戦いの面でも、ビジネスの面でも正しい判断を下していかないといけない。ザコと戦っている時間はない」

仲間からの尊敬(2008年)

「感謝している。ジムで一緒にトレーニングしている仲間はオレが本気でMMAをやっていることを理解してくれている。オレのインタビューを聞いてくれれば分かると思うが、これがオレの人生なんだ。ひたむきに努力を重ねれば、すべてうまくいく。とにかくオクタゴンで白星を挙げて、みんなにオレの実力を証明したい」

MMAがもたらした前向きな兆し(2008年)

「自分のベッドで寝られて、家族と一緒に過ごせる時間がなによりも一番大きい。物欲的な人間が多い中、こうやって自宅で家族といれることが一番の幸せなんだ。その他のことは本当にどうでもいい。もちろん自分の仕事は好きさ。自分に合った仕事をしている人はみんなそうだろう。クルマだったり、洋服だったりはすべて物質的なものであって、オレにとってはニセモノなんだ。最終的に大切なのは、自分と向き合っていくこと」

人生の哲学、パート2(2008年)

「人生は一度しかないからね。オレは何でもできるアスリートだ。それには常に自信があった。努力して自分の道を着実に歩んでいくことが成功に繋がる。若い世代にそれを覚えておいて欲しい。成功は一晩にして起こることじゃない。ひたむきに頑張っていれば、良いことは起こるんだ」

ランディ・クートゥア戦(2008年)

「一番の成長点は辛抱強くなったことだと思う。オクタゴンの上でもトレーニング中でも。これは一晩で学べるほど簡単じゃない。オレでも3年かかった。それでもまだ学習の途中だ。とにかく今はランディとの試合に備えるだけ。ここまできたらなにも変えることはない、減量した後はリラックスして試合を待つ」

 



ヒース・ヒーリング戦(2008年)

「ヒースを3ラウンドで倒そうとは思っていなかった。早めに試合を終わらせようと思っていたけど、まあ惜しかったな(笑)。ヒースはタフな野郎だ。試合中は何でもありだからな」

自身にとっての幸せとは(2008年)

「今はほっとしている。自分がやっていることが幸せだと思えているし、とにかく家で娘と妻と過ごせる時間だったり、狩りや釣りだったりができることに幸せを感じている。プロレスやMMA以外にも人生を楽しむ方法はたくさんある。ジムにこもるのも好きじゃない。とにかく今は自分のキャリアに満足している」

フランク・ミアとの再戦を前に(2009年)

「負けるのが好きなヤツなんていない。オレは負けず嫌いだから。特に(初対決は)全力で戦った試合だけに悔しい」

敗北の苦み(2009年)

「これはあくまでも競争。大学時代のレスリングでもあまり負けることはなかった。負けたヤツとは必ず再戦して勝つんだ。1人だけ再戦できなかったヤツがいたんだけどね。だから(ミアとの再戦に)負けるとは思っていない」

ファイターとしての成長(2009年)

「ミアとのUFCデビュー戦から成長した姿を見せることができていると思う。ヒースとランディとの試合でも辛抱強さを証明した。この5ラウンドのどこかで1発を決めるしかない。とにかく強弱をつけて試合に挑むことだな。フランクと初めて対決した時のオレはストリートファイターみたいな戦い方をしていたが、今回は違う。オレは経験を積んだ。2年以上オクタゴンで試合を重ねた。ランディ・クートゥアなど、生きる伝説とも試合をしてきたし、決して簡単な道のりを歩んできたつもりはない」

UFCでのキャリア(2009年)

「簡単に言えば、オレの人生で最も意味のある1年半だった。素晴らしい団体で試合ができたことだけでなく、個人的にも良いことがたくさんあった。妻、娘、息子、家族、そしてビジネス面においても良い1年半を過ごせた。すべてがこのまま進むように願っているよ」

2009年7月、病による欠場(2010年)

「誰しもが人生を変えてしまうような試練に直面するものだ。オレにとっての試練がこの病気だった。病気のおかげで家族や人生に対する見方が変わったよ。32歳になったが、まだオレは若いし、健康だと思っている。しかし、自分を見つめ直す機会にもなった。正しいことやってきたつもりだったが、こうやって病気になったってことは何かがダメだったんだ」

オクタゴン復帰(2010年)

「1つだけ言っておく。今でもオレがUFCヘビー級王者だ」

シェイン・カーウィンとの対決前(2010年)

「いつ何が起こってもおかしくないと思っている。何でも当たり前だと思わないで、毎日を全力で生きるようにしている。この欠場期間は神から与えられた試練だったと思う。それを乗り越えてこそ生きる意味があるんだ。どんな試練も理由があって起こるものだ」

ソーシャルメディア嫌い(2010年)

「生きる、食べる、戦う、それがオレの生き方だ。それ以外は基本的に興味がない。インターネットも見ない。ジ・アルティメット・ファイターに誰が出ていようがどうでもいい。とにかく気にしないことが一番だ。仕事と人生の区別をしっかりつけるのと同じさ」

ブロック・レスナーという人間(2011年)

「これがオレの生きる道。演技でもなければ、口だけでもない。オレみたいなヤツはどこにもいないんだ。相手が誰であろうと戦うだけだ」

UFC 200(2016年)

「今でも競争心が燃えている。どうしても戦いたかった」