ドミニク・クルーズとはいったい誰?
それもそのはず、過去1,500日以上もの間、MMAファンは初代UFCバンタム級チャンピオンにして最後のWECバンタム級チャンピオンの勇姿をわずか61秒しか目にしていないのだ。
タイトル連続防衛と11連勝を達成しながらケガの連続で欠場を余儀なくされていた”ザ・ドミネーター(支配者)”ことクルーズが疾風怒濤(しっぷうどとう)のオクタゴン復帰を果たし、猛攻で日本のトップランカー水垣偉弥を1ラウンドでKOしたのは2014年9月に行われたUFC 178のことであった。
ところが、この試合後にまたしてもクルーズを悲劇が襲う。3度目の前十字靭帯の手術を受けたのだ。再びクルーズは格闘技ファンの前から姿を消し、現UFCバンタム級チャンピオン、T.J.ディラショーとの王者対決もお預けとなった。
だが、これも過ぎたこと。ついにクルーズが万全な体調で日本時間18日(月)に開催されるUFCファイトナイト・ボストンでタイトル戦線に復帰する。
とはいえ、最初の疑問が消え去ったわけではない。すっかり長い時間が経った。手術にリハビリ、トレーニング、そしてたった1回のノックアウト劇で4年半。クルーズとはどういう人物なのか?
「僕のことなんか、誰も知らないだろう」とクルーズは語っている。「(ディラショーは)お前はすっかりおしゃべりになったな、と言うけど、4年ぶりなんだぞ! 4年ぶりに復帰して、4年前と同じ人間だったら、その間オレは何をやってきたんだということになるだろう。実際、4年あれば大学だって卒業できるんだ。いったんすべてを取り上げられてみたら、その過程で新たな気づきがあって、だから僕はこれまでと違う心構えで試合に臨むし、失うものは何もない。今はタイトルだって持っていない。地球最強の男は僕ではなくディラショーの方だということになっているはずだ。ヤツがみんなの標的。それがどんな気分なのか、僕には分かる。みんなから最強だと思われる気持ちが分かるんだ。それに、僕は誰からも勝つことを期待されていない時の気持ちも知っている。僕は両極端をちゃんとわきまえている。ベルトを失う気分も、ベルトを持っている気分もね。いろいろあったからこそ、今の僕は心が落ち着いているし、試合までの過程を楽しむことができているんだよ」
カリフォルニア州出身のクルーズは現在30歳。20勝1敗という、ずば抜けたプロ戦績を持ち、ユライア・フェイバー、デミトリアス・ジョンソン、ジョセフ・ベナビデスといった選手にも勝利を収めているのだが、オクタゴンの外では敗戦続きで、そのことが彼を変えたことは間違いない。幾度にもわたる重傷に耐えながら、自分が負けたわけでもないのに新王者が誕生するのを見てきたクルーズは、人として成熟することを余儀なくされ、オクタゴン外の人生で精神的に頑強になった。冷静でありながら、高い集中力を保ったクルーズは再び戦いに戻るチャンスを得たことに心から感謝している。
「オクタゴンに上るのは僕が戦いを楽しんでいるからだ」と彼は明かす。「今回タイトルに挑戦することを選んだのは僕だ。3ラウンドのチューンアップファイトを1試合挟んで様子を見るなりしても良かった。でも僕は戦いを楽しんでいるし、どうせなら最高レベルの戦いを、世界最高だとされる選手を相手にやってみたい。僕は自分が世界最強だと思っている。それなら、自分自身にチャレンジするしかないじゃないか。失うもののない自由人として取り組むつもりだ」
あっという間に水垣を仕留めたあの試合はディラショーとのUFCバンタム級タイトルマッチに臨むクルーズの気持ちを1分間に凝縮したものと見ることができるかもしれない。ディラショーにとってはクルーズとの試合がヘナン・バラオンから奪取したベルトの3度目の防衛戦となる。
16カ月前、アライアンスMMAのベテランであるクルーズはオクタゴンで、当時5連勝中で同階級5位にランクされていた水垣と対峙。打たれ強さを誇る水垣に数発のパンチを滑り込ませると、ダブルレッグテイクダウンを成功させ、そのまま水垣をフェンスに押しつけてショートパンチを連打、そうしてクルーズは復活を果たした。絶叫するわけでもなく、マッスルポーズを決めるわけでもなく、クルーズはオクタゴンでの3年ぶりの勝利を静かに楽しみ、息を吐きながらファンに感謝しつつ満面の笑みを浮かべた。この試合をクルーズはこう振り返っている。
「水垣戦の僕は実に自由だった。この競技を、オクタゴンにいることを、ライトに照らされていることをただ楽しんでいた。大好きな戦いを楽しんでいた。そんな心構えで臨んだからこそ、素晴らしい勝利が生まれたんだ。今回、T.J.には失うものがたくさんある。僕には何もない。もうすべてを失ったからね。だから僕にとって今回の試合は単なる楽しい出来事に過ぎない。オクタゴンに上がって、かつて自分が持っていたタイトルを目指して戦う。家にはベルトが2本あるんだよ。僕はこのスポーツの頂点に、もう何度も立っている」
1月17日(現地時間)、クルーズが復帰する。簡単に言えば、腰にベルトがあろうとなかろうと、最初のパンチが繰り出される前ですら、すでにクルーズは王者の気概を見せている。その上で、クルーズは自分が誰であるのか、なぜ支配者というニックネームで呼ばれているのかを世界に見せつけるつもりだ。
「経験、学び、進化。そして涙、血、痛み。世界タイトルを取ると、そうしたことが自分をより良い人間に育ててくれる。そんなことはすでに習得している。この試合をやる前から僕はチャンピオンなんだ。オクタゴンに上がるのは楽しむため、そして素晴らしいショーをファンの皆さんにお届けし、自分がすべき仕事を果たすためなんだ」