ネイト・ディアスは大人に囲まれて育った少年だった。シーザー・グレイシーだけでなく、UFCで活躍したデイビッド・テレル、ギル・カスティーリョ、実兄のニック、ジェイク・シールズ、ギルバート・メレンデスなどを輩出したジムでの生活は毎日が生き残りをかけた闘いだったという。
「初めてジムに行った時は怖かった。その時はテレル、カスティーリョ、シーザー、ジェイク、そしてニックがジムにいた。まだニックとジェイクが若手のころだ。ニックに“タップすんなよ”って言われたから気合いを入れていったけど、あのジムでタップしないなんて無理な話だ。どこかでタップする」
地元カリフォルニア州ストックトンで生活することも決して安易ではないなか、ディアスはジム(シーザー・グレイシー柔術アカデミー)に通い続けた。母親のメリッサはウエイトレスとして長時間働きながら、2人の息子と一人娘を街の悪い影響から遠ざけるために多くのスポーツを経験させた。しかし、ネイトは常に危機感を抱いていたと明かす。
「ギャング同士の抗争が多くて、常に張り詰めた空気が流れていた。タフなヤツばっかりだったしね。他の街と同じで良い地域もあれば、荒れた地域もあって、常に何かが起こっていたし、周りに気を付けながら行動していた。問題を起こそうと思ってなくても、巻き込まれることが多い。とにかく正しいことをして、自分のことだけ心配してればいい」
ネイトの格闘技への道はプロとしてすでに活躍していたニックによって開かれたものだった。それはある日、突然ニックの決断で始まったという。
「学校が終わって家にいたら、ニックが“オレとトレーニングに行こうぜ”って言いながら柔術用のパンツを投げつけてきたんだ」
この時点で運命は決まっていたも同然だろう。ネイトは当時をこう振り返った。
「当時、柔術はそんなに流行っていなかった」
柔術を始めた当初はインタビューもなければ、写真撮影もなかった。友達としての感情を忘れ、ファイターとして上達するために何時間と練習することが中心だったのだ。その中でネイトは未来のStrikeforceライト級王者となるギルバート・メレンデスと意気投合した。
「メレンデスとは死にそうになるまで戦った」
ディアスは“エル・ニーニョ”ことメレンデスが練習に来る日は練習をさぼらなかったと打ち明けた。
「出かけようとすると、ニックが“今日はギルバート来るぞ”って言うんだ。そうすると、やっぱり練習に行くってなるんだ(笑)。競争心のあるヤツだし、なにより友達だからね」
兄ニック、メレンデス、シールズに続いてプロの道に進んだネイトはMMAの試合やタフマンコンテストに出場し続けた。2006年には注目を置かれる存在へと成長したが、WECでエルメス・フランカに敗れた後、若干21歳の若さで帰路に立たされる。
UFCの登竜門として知られるジ・アルティメット・ファイター(TUF)への参戦はディアス兄弟そろって興味がなかったとのこと。
「番組が始まった時に家で見ていた。オレたち2人で“ありえねーよ”って非難していた。そしたらニックに出演の電話が来たんだ。“オレは出ない”ってニックは断ったけど」
ニックはシーズン4への出演オファーを断ったが、シーズン5ではネイトにオファーが届く。シーザー・グレイシーは参加すべきだと考えていたようだが、ネイトは一蹴。しかし、そこにニックが介入する。
「お前は出るべきだ」と弟に助言したニック。
結果、ネイトは出場を果たすも、収録が始まった途端に辞めたくなったそうだ。
当時を振り返りながら「オレは“もう帰る”って言ったんだ。“なんでここに来たのかさえ分からない”って」と明かしたネイト。
しかしながら、そうこうしているうちに、ロブ・エマーソンとの初戦が組まれた。
「試合が決まってから帰ったら、オレが戦いたくないと思われるから、もうその時点では帰れなかった」
エマーソンを下したディアスは再び番組辞退を考えたものの、結果的に去ることはなかった。コーリー・ヒル、ギャリー・メナード、マニー・ガンブリヤンを打ち破ってTUFシーズン5を制したディアスはUFCとの契約を勝ち取る。
「残っておいて良かった。UFCまでの近道みたいなものだったし、結果的に最高の道だったと思っている。当時は金もなく貧乏だったし、目的が必要だったオレに方向性を与えてくれた」
以来、活躍を続けるネイトはガンブリヤン戦からの戦績を13勝8敗とするも、この数字だけが彼のキャリアを物語っているわけではない。ウェルター級とライト級で試合を重ねてきたディアスはUFC史上最多ファイトボーナス獲得記録1位タイに並んでおり、UFCで最も人気を誇るファイターの1人でもある。ディアスの人気が急上昇したのが2016年3月に行われたコナー・マクレガー戦だ。そして、その2人が日本時間8月21日(日)に再び拳を合わせる。
2016年最大の試合として考えられている両者の再対決は、31歳になるディアスの人気と貯金をさらに増やす試合になるだろう。しかし、ディアスは賞金や称賛を受けたいがために戦っているのではない。ディアスは単に戦うことを目的としている。多くのファイターが忘れがちな精神だ。ファンのために良い試合をすることを常に心掛けているディアスの姿勢は尊敬に値すると言えるだろう。シーザー・グレイシーのジムを訪問して10年が経った今も、その性格は変わらないようだ。
「試合をする時は基本的にキレているし、飢えている。減量もあるし、過酷なトレーニングにも耐えて、面白い試合をするためにオクタゴンに上がっている。自分のやることをやる、それだけだ。他のファイターたちはカメラが回ると常識のある良い人になろうとするけど、そこがオレと他のファイターの違いだと思う。今までたくさんの人から“全然悪い人じゃない”って言われてきた。当たり前だろ? テレビで見るオレは戦うときのオレだ、良い人なわけがないだろ」
これは格闘技だ。ネイト・ディアスは毎回それを思い出させてくれる。