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マクレガーの大胆な挑戦に異論なし

 

 

1975年、モハメド・アリとジョー・フレイジャーの合計41ラウンド目が終わり、”スリラー・イン・マニラ”として知られる名勝負となった3戦目が締めくくられた時、それまで長年、身体と言葉で互いを痛めつけ合っていたヘビー級史上に残る2人の名ボクサーは、ようやくガードを下げたのだった。

「オレはいつも対戦相手の良いところを引き出して戦ってきたが、このジョー・フレイジャーときたら、世界の皆さん、ヤツはオレの良いところを引き出してくれるんだ」とアリは語った。「はっきり言おう。こいつは男の中の男だ。神の祝福を」

「やれやれ、こっちはヤツに街中の壁をぶちこわすほどのパンチをお見舞いしてやったというのに」とフレイジャーは言葉を返した。「まったくもう、ヤツはなんてすごいチャンピオンなんだ」

それが5ラウンド戦だろうが、5分間の試合だろうが、リングやオクタゴンで力を尽くした者同士にこうした共感が芽生えることがある。日本時間6日(日)に、ネイト・ディアスが心をかき乱すようなサブミッションでコナー・マクレガーを仕留めた後もそうだった。この試合もこの試合なりに”スリラー”だった。紆余曲折(うよきょくせつ)があり、流血があり、ドラマがあり、そしていきなりの鮮烈なフィニッシュがあった。最後の評決が下る中、試合前には辛らつな口撃で傷つけ合ったマクレガーとディアスは、しっかりと握手して、ファイター同士にしか知り得ないリスペクトを交わし合ったのだ。



一夜明けて、この結果はますますバズっていった。ほとんどは、アイルランド人のUFCフェザー級チャンピオンのちょう落を指摘している。しかし、今回ウェルター級デビューを飾ったマクレガーは、何の言い訳もせず、対戦相手のキャリア最大の勝利にケチを付けることもまったくない。彼の最も雄弁なコメントは、次のように実にシンプルだ。

「階級を上げるチャンスに賭(か)けてみた。でもうまくいかなかった」

そう、うまくいかなかったことは確かだ。でも、賭けるにしても程があるチャンスだったのだ。ボクシングの世界では、145パウンドから170パウンドに上げるということは、4階級分に相当する。UFCであっても、この階級変更はやはり非常に手ごわい。とくに、残り2週間もない中で、この階級のトップクラスと4戦の戦績のある、熟練のベテランが対戦相手なのである。

ネイト・ディアスは本物であることをまたしても証明した。フェザー級のパンチを食らって血だらけ、傷だらけになっても、体勢を崩すことはなく、そしていったん、ウェルター級のパンチがマクレガーのディフェンスを乱し始めると、27歳のチャンピオンの方が、2013年にUFCに来てから経験したことのない立場に置かれることとなった。

とはいえ、これも格闘技の良さであり、マクレガーの大胆な意欲は素晴らしい。メディアとアイルランド人ファンが作り上げた虚像と見る向きも多かったマクレガーだが、今回の試合に彼が、やらなくてもよかった賭けをしたことには異論の余地はない。ドス・アンジョスが負傷した時点で、マクレガーも試合をキャンセルして、7月のUFC 200大会での出場を待つことだってできたのだ。あるいはそれ以前から、フェザー級にとどまることを選ぶことだってできたはずなのだ。そうであったとしても、安全策をとっていると言われる筋合いはなかったのだ。ウェルター級で戦うというマクレガーの試みは、”メディアが作り出した虚像”がやるようなことでないことだけは確かだろう。

これが本来のファイターの姿なのかもしれない。しゃべりの達人のマクレガーではあるが、試合でリスクを取ることにかけては、人と目の付け所が違う。実際、リスクということを考えていないようにすら見える。マクレガーの友人で、トレーニングパートナーでもあるアーテム・ロボフは次のように語っている。

「彼は本来のファイター、本物のマーシャルアーティストだ。マーシャルアーツに階級はない。むしろ、小さな選手が大きな選手を倒すところに本質があるんだ。マーシャルアーツはそのために発明された。だから彼は、階級なんかどうでもいい、そんなことは気にしないという態度を取っているんだよ。とにかくオクタゴンに入って戦う。練習してきた通りのことをする」

マクレガーは今回、まさにその通りにやったのだ。彼は、あえて大胆にやったのだ。そして負けた。喜んでいる人も多い。やはり人気先行の選手だったという人もいる。でもそれは当たっていない。彼も人間なのだ。そして、1971年にフレイジャーとの初戦に敗れた後のアリと同じように、彼もこの先、一層人気が高まることになるかもしれない。

完ぺき、というのは得てして退屈なものだから。