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マルティン・カンプマンが正式に引退発表

 



近頃、マルティン・カンプマンの夜は早い。引退したばかりということもあるが、4歳から下の子どもたちを3人育てていることも影響しているだろう。しかし、睡眠不足は別として、33歳の"ヒットマン"の人生は順風満帆。今週、MMAの競技から引退すると表明したカンプマンは現在、妻と子どもたちと一緒に生まれ故郷のデンマークに住んでいる。

ミドル級とウェルター級で長きにわたって戦ってきたカンプマンは「少し前から分かっていた。公式に発表していなかっただけだ。なんとなくね」と語った。

「少し前から分かっていた。公式に発表していなかっただけだ。なんとなくね」

おそらく、それは心の中のささやきのせいだっただろう。“まだできるぞ”という声を信じるファイターは多い。カンプマンはリック・ストーリー、チアゴ・アウベス、ジェイク・エレンバーガーに3連勝した後、ジョニー・ヘンドリックスとカーロス・コンディットに連敗を喫したとはいえ、コンディット戦ではファイト・オブ・ザ・ナイトを受賞しており、間違いなく、もう1年続けることはできただろう。しかし、引退の時期をファイター本人より分かっている人はいない。たとえ、心の声に影響を受けていないとしても。

心の声について聞かれたカンプマンは笑いながら「分からないね」と答えつつ、「でも、少し前からもう戦わないだろうと分かっていたんだ。それを正式に言うのがキツイこともある」と付け加えた。

デンマーク・オーフス出身のカンプマンは2003年のデビュー以来、キャリア通算20勝7敗を記録し、UFCでは17試合を戦って11勝を挙げている。しかし、数字だけで彼のすべてを物語ることはできない。KO勝利が9回、サブミッションでも6勝しているように立った状態からでも寝技でも見事なテクニックを持った知的なファイターであり、ニックネームの"ヒットマン"にふさわしい冷静でクールな格闘家だった。しかし、大抵の場合、ひとつのプレーを境にジキル博士からハイド氏に変身することもできる。自らを戦いに投げ出し、ファンが喜ぶ流血沙汰の戦いに持ち込むのだ。

その結果がコンディットと互角に戦った2回の大激戦であり、3ラウンドに渡り死闘を繰り広げたディエゴ・サンチェスとの一戦、そして勝利に加えてファイトボーナスを獲得したドリュー・マクフェドリーズ戦、アウベス戦、エレンバーガー戦だ。さらに言えばターレス・レイチ戦、ホルヘ・リベラ戦、ジェイコブ・フォルクマン戦、パウロ・チアゴ戦の勝利も、明らかにカンプマンがその時代のベストファイターの一人だったことを示している。

「浮き沈みはあった。最高の勝利もあったけれど、厳しい敗戦もあったからね。でも、戦いとはそんなものさ。展開が激しい。圧勝することもあれば、惨めな負けもある。でも、どの試合でも、オレは闘ってきたし、勝ちを決めるつもりだった。退屈でもなんとか勝利をつかもうとするようなタイプじゃない。オクタゴンに上がるのは戦うためだ。たまには、それで酷い目に合うこともあった。しっかりとしたゲームプランを持っていたのに、パンチを受けて感情をコントロールできずに戦おうとするとそうなる。でも、オレの中には戦いたいという欲望が間違いなくあったし、それが自分の戦い方に出ていたと思う」

カンプマンはキャリアのほとんどの時間をラスベガスで過ごし、そこでトレーニングに励んでいた。しかし、2013年8月のコンディットとの再戦が終わってしばらく経った後、カルフォルニア州サクラメントに移住しチーム・アルファメールでコーチの仕事に就く。しかしながら、6カ月前に2人の愛息子に加えてカンプマン家に待望の長女が誕生すると、一家は母国に帰り、人生の新しい一章を始めることを決断。現在は家の改築で多忙な日々を送っているものの、カンプマンと総合格闘技の縁が切れてしまうわけではない。

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「MMAとは今後も関わっていくつもりだ。これまではファイターとしてもコーチとしてもフルタイムでがんばってきたから、趣味以上のものとして関わっていくことになるだろう。今でもジムを持っていて、そこでトレーニングをしたり、手伝ったりしている。コーチもやるし、セミナーも開いている。提携しているジムでの仕事も多くて、それらのジムがMMAでいい成績を上げられるようにしたい。だから、MMA関連の仕事はする。でも、今はまだ他のことで忙しいんだ」

カンプマンにはもうひとつ情熱を捧げたいものがある。釣りだ。ラスベガスから数週間以内には届くという釣具が揃えばその時間も取りたいと明かしている。とはいえ、しばらくは家の作業に専念しつつ、避けようのない娘の泣き声で父親モードのスイッチが入るまでは睡眠不足を補っていることだろう。オクタゴンで戦っていたカンプマンを知っている者なら、彼が何事にも全力を尽くし、最高の形でやり遂げることを知っている。

そのカンプマンが唯一、判断できないことは自らのベストファイトを選ぶことである。

「いいファイトはたくさんあった。ファンが楽しんだと言ってくれる試合というのは自分が最悪の状況に陥って、そこからカムバックするファイトなんだ。痛めつけられて、ノックダウンするけど、瀬戸際で勝利を奪うファイト。でも、そういう試合をオレ自身は好きじゃないんだけどね(笑)最初から圧倒的に支配するパファーマンスが好きだ。ところが、ファンが覚えているファイトはオレが負けそうになってコテンパンにやられてから、カムバックして勝つというファイトなのさ」

カンプマンは自分の偉業がそういった形で伝えられても構わないと言う。確かにそうあるべきだろう。ファイターなら、それが望むところだからだ。