ジョニー・ヘンドリックスは総合格闘技の世界でも独特の存在だ。この世界で成功するには戦いのあらゆる局面に通じていることが理想ではあるのだが、現実にはなかなかそうはいかない。誰しも、自分が好きなスタイル、やりやすいポジションを持っており、試合中はそこで15分なり25分なり、できるだけ長い時間を過ごしたいと思うものである。
ところがヘンドリックスには、選択肢がある。彼の左手にはワンパンチ・ノックアウトのパワーが宿っており、だれが相手であろうと、スタンドの打撃戦はお手の物。しかも彼は、NCAAディビジョン1で2度も優勝しているレスリングのチャンピオンなので、対戦相手を押さえ込みたいのであれば、テイクダウンも思うがままだ。
日本時間7日(日)にラスベガスで行われるUFCファイトナイトのメインイベントで、”ワンダーボーイ”ことスティーブン・トンプソンと対戦する彼にとっては嬉しい悩みに違いない。しかしながら、彼の右肩には悪魔が、そして、左肩には天使が乗っている。悪魔はこうささやく。「打撃のスペシャリスト、トンプソンを打撃で打ち負かしてやれ」と。すると天使がこう言い返す。「トンプソンをテイクダウンしろ。堅く勝ちを拾って、タイトル戦線に踏みとどまろうじゃないか」
元UFCウエルター級チャンピオンは、ここまで聞くと笑い出した。「キミは僕のことを知りすぎだよ」
ヘンドリックスにとって問題なのは、レスリングを使うのが最も確実な勝利への道であると分かっていても、ストライカーをまるで恐れていないということだ。持ち前の頑固さもあって、今週末も彼は判定ではなくノックアウトを狙っている。
「何より腹が立つのは、みんなが“トンプソンの方が打撃が強い”と思っていることなんだ」とヘンドリックスは語る。「ストライカーと試合をするたびに“ジョニーは打撃ではやられる”と言われる。みんな、僕のノックアウト劇を忘れたのかな。オレがカーロス・コンディットにどうやって勝ったと思っているんだい? マーティン・カンプマンは? 全部スタンドで打ち負かしているんだよ! ジョルジュ・サンピエール(GSP)戦でもそうだ。誰もが、お前の恐竜みたいな腕ではGSPに触ることもできないと言っていた(笑)。左を打つにはジャブを食らうことになるけど、GSPのジャブはすごく遠くても届くから、あんたの左は届かないよ、ってね。で、どうなった? オレの左は当たったけれど、ヤツのジャブはかすりもしなかっただろ? だからこの手の話を聞くたびに、よし、またやってやるぞと思うんだよ」
オクラホマ出身、32歳のジョニー・ヘンドリックスがモチベーションを高めると、ウエルター級でも世界有数の危険な存在と化す。とはいえ残念なことに、ここ最近のヘンドリックスの関心は、ゲームプランよりも体重に向いてしまっている。2014年3月にロビー・ローラーを倒してタイトルを獲得した際、ヘンドリックスはあわや計量失格となるところだったのだ。さらに骨身に染みたのは昨年10月のUFC 192で、タイロン・ウッドリー戦に向けた減量に失敗し、合併症で腸閉塞(へいそく)と腎臓(じんぞう)結石を発症、試合が中止に追い込まれたのだった。
この出来事のあと、ヘンドリックスは身辺を一新した。長年の所属先だったチーム・テイクダウンを離れ、キャリア設計やトレーニングを自分でやることにしたのだ。こうした変更は、特にトップクラスの選手にとっては影響が大きい。忙しい中、ヘンドリックスはこのインタビューのセッティングも自分でこなしているのだが、それでもこれまでのところ順調だという。
「キミらとしゃべることくらい、別に何でもないよ」と彼は笑う。「今はすごくハッピーだ。最高の試合になると思うし、何より栄養士にルイス・ジョルダーノを雇ったことは正解だった。もう自分は210パウンド(約95.3kg)とか215パウンド(約97.5kg)まで太ってしまうことはない。目標は現役でいる限り、185から187パウンド(約83.9から84.8kg)にとどまることなんだ。その方が身体にも優しいしね。これからは身体に良いことは何でもやってみようと思っている。レスリング時代に気持ちが戻ったよ。だからオフシーズンにぶくぶく太ってしまうのではなく、“もうすぐ計量がある。体重を抑えておかなければ”と思うようにしているんだ」
体重問題がなくなれば、ヘンドリックスはゲームプランに再び集中することができ、ひいてはジョン・フィッチやマーティン・カンプマンをノックアウトした頃、あるいはコンディットやGSP、ローラーとの初戦で会場を沸かせたときの姿に戻ることができるかもしれない。現王者ローラーとの再戦や、マット・ブラウン戦でのヘンドリックスは、それまでとは別人だった。もっとも、それでもブラウン戦は完勝だったが。
「レスリングのことを忘れていたんだ」と、オクラホマ州立大学のスターレスラー、ヘンドリックスは自己分析する。「例えば、マット・ブラウン戦を振り返ってみとよく分かる。僕は本来もっとレスリングをやるべきだったんだけど、テイクダウンをしようとは全然考えていなかったんだ。身体の赴くままに打撃戦をやっていたとき、ふと、気づきがあったんだよ。僕はかつての強烈なパワーを取り戻そうとして、いろんな技術を捨て始めている、ということにね」
こうして悪魔と天使が肩の上で出会ったのだ。
「そもそも、なぜ僕はノックアウトの山を築くことができたと思う?」とヘンドリックスは問いかけた。「それはね、だれもが僕のレスリングを恐れていたからだよ。分かるかな。打撃とレスリングの両方があるから効果があるんだ。だからもし対戦相手が再び僕のレスリングを怖がってくれたら、ノックアウトが戻ってくるような気がするんだよ」
とはいえ今回ヘンドリックスはソーシャルメディアで絡んでくる他人をなだめるためではなく、あくまで自分のペースでやっていくつもりだ。
ヘンドリックスは『Twitter(ツイッター)』でたたいてくる人たちのことを「ヤツらは無慈悲だからさ」と笑う。しかし現時点では、ヘンドリックスは他人のためではなく、自分のためだけにやるべきことをやっている。
「批判はシャットアウトしないといけない」と彼は受け流す。「戦ったことのない人、本物の銃を見たことがない人は、ノックアウトを見たいなどと簡単に言ってくる。誤解しないでほしいんだけど、僕だってノックアウトは大好きだよ。でも、そればかりに集中してはいけないんだ。僕は相手をノックアウトすることに集中しすぎて、それ以外のことを見失っていた。ノックアウトはやろうと思ってできることではない。だから僕は一歩下がって、“自分はコンプリートなミックスト・マーシャル・アーティストなんだ”と自分に言い聞かせる。そうすれば、すべてがうまくいくと思う」
彼は今週、お得意の5ラウンド戦に臨むことになってご機嫌だ。できればこれからは常に、5ラウンド戦を希望している。そう、お察しの通りだ。
「僕は3ラウンド戦は嫌いだ。5ラウンドがいい。5ラウンドをやっていれば、ベルトを取ったも同然だからね」