
ロンダ・ラウジーは全てを見る事が出来る。
その事を誰も知らないが、彼女は見ている。グレンデール・ファイティング・クラブの閉ざされた扉の向こう側のどこかで、彼女は防犯カメラの映像を、彼女の登場を待ち構える無数のジャーナリスト達、フォトグラファー達、カメラマン達をつぶさに観察しながら覗き込んでいるのだ。
彼らは既にしばらく待たされているが、ラウジーはオーストラリア現地時間で土曜の夜にメルボルンで開催されるUFC 193をプロモートする為に行われる待望のメディア・セッションの為に、髪を整えメイクアップするのに忙しい。
ロンダは急がない。道を歩く時も、そして報道陣に対しても。彼らはロンダの堂々とした入場を出迎える為にどんなに長い時間でも待つだろう。そして彼女がついにその姿を見せると、レッド・カーペットをトップクラスの女優が歩く時と同じ様に、その部屋はカメラの連続したシャッター音だけが鳴り響く静寂に包まれる。
その髪型、溌剌とした服装、彼女を待ち受ける人々を認識し僅かに頭を下げながら見せるはにかむ様な微笑 - ロンダは完璧だ。そして彼女は彼女がずっと見ていた事を彼らに知らせる。
「大勢の皆さんが来てくれたので、防犯カメラの映像がクレイジーなことになっているわ。」と彼女は語る。
これがロンダの世界だ。“クレイジー”だと言うのはその通りだが、彼女が制御できないものはない。ロンダはUFCにとって初めての、そして唯一の女子バンタム級王者で、2013年の2月以来そのタイトルを保持し続ける彼女のスター性はこれ以上無い程輝いている。日ごとに一層の注目が、多くのメディアが、そしてより多くの悪評もロンダのもとに集まってくるが、彼女は怯まない。
そして同時に、それは彼女が彼女自身を調整しなくてはならない何かでもある。
「その事に本当に慣れることは出来ないわね、だって毎回それはちょっとずつ多くなってゆくから。」ロンダは語る。「足を踏み入れた状況を受け入れざるを得ないの。毎回が違った事になると言う考え方に慣れ、そのことに心構えだけは出来ていければ駄目ね。だれもこんな状況に慣れっこになるなんてことは無いと思うわ。」
ともかく彼女は上手くやっている。ラウジーは一人のMMAファイターにとどまらない存在だ。彼女はコーマーシャル制作、映画出演、雑誌のモデル、TVやラジオのインタビューと多忙を極めている。これら全てをこなしながら、彼女はその頭上にUFC王者の冠をしっかりと守り続けている。
今までのところ、その冠を奪うまであと少しの所まで到達したものは一人もいない。土曜日の夜に7万席を有するエティハッド・スタジアムで対戦するホーリー・ホルムは7人目の挑戦者にしてラウジーが2011年にプロに転向して以来対戦する最高のボクサーだ。しかし2008年の北京オリンピック柔道銅メダリストのラウジーは自身もまた卓越したボクサーだと考ており、ホーリー・ホルムとスタンドで殴り合う事でその事を証明することを選ぶかもしれない。
そうするかどうか、それはまだ分からない。彼女のコーチ、エドモンド・タヴァーディアンはホルムはボクシング勝負を避け、ラウジーとの安全圏を維持する為にキックを多用するだろうと語る。もし両者が殴り合えば、最初のクリンチの攻防がそのままラウジーのテイクダウンとサブミッションにつながる、と彼は信じている。
「彼女が何をしようが、どれほど逃げようが、彼女は隠れる事は出来ない。」タヴァーディアンは語る。
ボクシングはラウジーの最新の恋人ではあるものの、彼女は未だにオリンピックへの悔恨の念から逃れていない。金メダルをのがした事による心の空白は満たされず、そのことが彼女をオクタゴンと、ジムの中で燃え立たせる渇望を生み出した。
つまり、それが彼女のモチベーションだ。
「子供の頃の夢だったの。」彼女は語る。「全人生をその追求に費やし、そして諦めざるを得なかった。私の為のものではなかった、と言う結論を受け入れざるを得なかったのよ。ずっとその事で心が張り裂けそうに感じていた。そしてある意味そのことにとても感謝もしているの。だってオリンピックで勝っていたら、この尽きる事の無いモチベーションの源を持つ事は無かったから。」
「私の王座を守る為に試合に臨むたびに、それは私自身を取り戻す新たなチャンスになる。でもそれはオリンピックのゴールド・メダルとは全く別のもの。」
彼女の痛みは分かる様な気がする。UFCプレジデントのデイナ・ホワイトが何度彼女の腰にベルトを巻こうとも、オクタゴンでの勝利は別事だ。そのスリルは近いところまで来るが、いつも僅かに届かない。
「スリルの問題では無いわ。」彼女は語る。「プレッシャーよ。柔道では、あなたは全人生を賭けてトレーニングをして、ある日オリンピックのチャンピオンになる。そのことが全て。MMAやボクシング、他のコンバットスポーツのプロの世界では、あなたは勝利する為に何度も何度も挑戦する事が出来る。タイトル戦のあとにまたタイトル戦、そのあとにまたタイトル戦をするこだって出来る。そしてとうとうそのどれかでタイトルを穫れば、あなたは世界王者。でもオリンピックではチャンスは一度、たったそれだけ。全てがある一日の為にあるそのプレッシャーに比較できるものなんて無いわ。」
間違っているかもしれないが、ロンダ・ラウジーであるという事 - 一人の女性、一人の王者、そして間違いなくこのスポーツの象徴 - には特有のチャレンジがあるだろう。人々は彼女が何をどのように考えるかを知りたがる。若い女性にとってのロール・モデルであること、女優業、彼女のヒスパニックの系譜、彼女の名声、そして彼女のお気に入りの音楽についてさえ。
そしてそれらはプレッシャーへと跳ね返る。観衆達の為に試合を行う、それも超満員の異国のスタジアムで。
それが私がベストを尽くせる環境よ。もし私とホーリーが何処かの高校の体育館でたった二人で戦えば、それは7万人の観客とその重圧、そして無数のカメラの前で戦う時とはほど遠いものになるでしょう。
「それが私がベストを尽くせる環境よ。」彼女は語る。もし私とホーリーが何処かの高校の体育館でたった二人で戦えば、それは7万人の観客とその重圧、そして無数のカメラの前で戦う時とはほど遠いものになるでしょう。私がどれほどナーバスになるか、全てのプレッシャーも人々の視線も、観客も何ものも、そんなものを私は恐れない。だってそれこそが私がベストを尽くせる瞬間だと心の底から知っているから。」
「だから私は“なんてことなの!?心臓の鼓動がこんなに早く、呼吸も乱れているなんて!”みたいに悪く感じないわ。これらが良い兆候だという事をとやかく疑ったりはしない。これが私がベストになる事が出来る物。これが私が居るべき場所。これが私の環境。それを尻込みするなんてあり得ない。」
そしてこれこそがホルムにとって最高の結末は、試合に敗北しスポットライトから離れた静かな人生を楽しむことができるアルバカーキの自宅に帰る事だ、と言う理由だとラウジーは語っている。これは明らかにラウジーの仕掛けた場外戦の一部だが、彼女はUFC王者であるがために集まる注目には立ち向かう事しか出来ないと言うことを確信している。
「彼女はとても、とても好人物で、優しい女性に見えるわ。」ラウジーはほとんど親切過ぎる口ぶりで語る。「彼女は、私が彼女を打ちのめして彼女は大金を手にしても、私は彼女にとって良かったじゃない、と思える様な人物。そのお金でアルバカーキに家の一家でも買ったら良いのよ。最後の小娘の時の私は、あのビッチは、私は彼女のお尻を蹴り上げてやったけど、彼女も大金を稼いで...、やめましょう、こんな話。」
“最後の小娘”とはベッチ・コヘイアのことで、ベッチの発言を個人的に受け止めたラウジーはこれに激怒した。その結果は?UFC 190での34秒のノックアウト劇だ。
教訓はこうだ。ラウジーを怒らせるな。それは背中を後ろ手に縛られたまま、突進する猛牛のまえに突っ立つ様なものだ。
ホルムはそんなことは何一つしていない。彼女達のインタビューやステアダウンは友好的だが、だからといってラウジーの考える試合結果には何ら変更は無いようだ。
「彼女が健康なまま敗北を受け入れる事と、この試合から彼女が享受する全ての利益を楽しんでくれる事を願っているわ。」彼女はホルムについて語る。「彼女は彼女の人生をもっと楽しむと思う。王者としての人生は誰にでもって訳じゃないし、コンテンダーとしての人生の方がいろんな意味でよっぽど良いものよ。」
「彼女達の多くは彼女達がコンテンダーの間は理解けど、彼女達がその人生に決して望まないあらゆる重圧を得る事になるわ。これはホーリーが好きになる様な環境ではないの。彼女が負けてもその事でお金を受け取って、素晴しい人生を送ってくれることを願ってるわ。」
一方、ラウジーはこの為に生まれて来た。確かに幾つかの話題に対して彼女が顔を背ける事はあるものの、スターダムにつきまとう凝視をほとんどの部分で彼女は受け入れている。
ホルムはそうではない、と彼女は信じている。
「正直に言えば、彼女がそれに居心地よく居られるとは思わないし、それは彼女から人生の質を奪い去ってしまうと思う。」ラウジーは語る。「それは学ばなければならないスキル。私は未だに学んでいる。簡単ではないけど、警戒心を保ちつつ、リラックスしすぎてミスを犯したりせずにある種の物事を楽しむ為には身につけなければならない物。私はそれが向かない人も居ると思うわ。」
少なくとも表面上はラウジーにとってそれは問題ないようだ。しかしそれは簡単でもない。「もしあなた方の誰かがここに座って、可笑しなことを言わずにすんだら、」彼女はリポーターに続ける。「私は本当に感心するわね。時折それは本当に難しいのよ。」
それが「戦う事がそれらすべてからの私の為の聖域。それは私の逃避なのよ。」と彼女が語る理由だ。
その事はいつまでも変わらない。ジムではタヴァーディアンと彼女の仲間達とともに、彼女はくつろいでいる。トレーニングの苦難が彼女を何よりも癒す。彼女は他人の好奇の視線を感じる事無く取り組み、汗を流し、そして夢を見る。
彼女にジムと、無数のリポーター達に質問と共に小突き回されるどちらかを選べと問えば、答えを聞くまでもない。
「これが私が自分の集中力と健全さを保つ場所。」グレンデール・ファイティング・クラブに関して彼女は述べる。「試合以外でどんなクレイジーな事柄が起きていても、それは私を一層ジムに通わせるだけ。だってそれが私にとってそれらすべてからの気晴らしだから。」
「ソファーに座ってそれらに気を揉む事だって出来るわ。私のやり方では、私の薬は、ここに戻って集中して戦うこと。それは私が完全に現在の瞬間だけに居る事が出来る時間で、そうすればそういったことは消え去るわ。外側での出来事が混沌とする程、私は試合でより強くなる。」
「私のこれまで最高のパフォーマンスは、その前に最も感情的な騒乱の中に居たときのものよ。」
彼女は今度の土曜日を糧としているのかもしれない。彼女を駆り立てる十分な事が起きている。少なくとも他の誰かがそうではないということを証明するまで、彼女が世界最高のMMAファイターだと言う事実がある。
「彼女は生まれながらのファイターだ。」タヴァーディアンは語る。「ロンダの様なファイターを得る事が出来たら、それは神の恵みだ。私は彼女に“世界の誰も君の背中を金網に押し付ける事なんてできない。そうだろ、チャンプ?”と言ったんだ。すると彼女は“そうよ。”と答えたよ。」
「私は100パーセントそれを信じている。何も心配は無い。精神的に彼女は準備ができている。」
彼女を目にしその言葉を聞けば、あなたはそれに同意するだろう。恐れは無い、そのように見える。
そしてあなたは尋ねる。恐れは?彼女は恐れを感じるのか、と。
恐怖で一杯よ、でもどんな疑いも無いわ。
「恐怖で一杯よ、でもどんな疑いも無いわ。」彼女は答える。「そこには大きな違いがあるの。私はとても恐れているからこそ誰よりもハードにトレーニングするけど、私が成功すると言うことを一秒たりとも疑いはしないわ。」
彼女が君を睨むように見据える。君もまたそのことを信じる。
マイケル・マルチネスはかつてはニューヨーク・タイムズ誌、サンノゼ・マーキュリー・ニュース、そしてFOX Sportsで筆をふるった経験豊富なスポーツジャーナリスト。マルチネスのツイッターは@ByMMartinezからフォロー