7試合。ニール・マグニーやドナルド・セラーニにしてみれば、1年半ほどでこなせる試合数かもしれない。しかし、ブロック・レスナーにとって7試合は彼のUFCキャリアを現す数だ。 ほとんどの場合、この試合数ならば一時的な成功に終わったり、結果よりも期待の方が大きかったりすることが多い。WWE(ワールド・レスリング・エンターテイメント)で活躍した後、4年あまりをUFCで過ごし、再び古巣に戻っていったレスナー。彼のように、短い期間でインパクトを残していった選手は多くない。 レスナーはMMAデビュー4戦目にしてUFC殿堂入りを果たしているランディ・クートゥアを下してヘビー級王者に輝いた。フランク・ミアとは2度対決し、UFC 100では白星を飾っている。ケイン・ヴェラスケスとアリスター・オーフレイムに2連敗し、MMA引退を決意する以前には、シェイン・カーウィンとヘビー級タイトルマッチの歴史に残る一戦を繰り広げて勝利している。 そんな内容の濃い7試合をこなしたレスナーは、MMAファンが過去に見たことないようなファイターとして活躍した。その巨大な拳と恐れ知らずの大望で、圧倒的な存在感を放ち続けたのだ。オクタゴンに上がるたびに、それまでの経験が生かせないことをレスナーは承知していた。しかし、UFCはそんなレスナーを決して甘やかさず、彼もまた特別扱いを望んでいなかった。 2011年に「やっと自分の居場所を見つけた」と自身がMMAファイターである意味を語ったレスナー。「人は宿命を背負って生まれてくる。毎日、特定の宿命を持った新しい命が誕生している。古代ギリシャ神話だけど、昔は子供を精選して、そいつらが何になるかを決めていたんだ。オレだったら剣闘士に選ばれていたはずだ」 「これがオレの生きる道。オレは生まれつきの悪ガキなんだよ。演技でもなければ、口だけでもない。オレみたいなヤツはどこにもいない。戦うために生まれてきた。相手が誰だろうと関係ない。何度でも証明してやるよ。これがオレの生き方だってことを。何がそうさせるかって? オレには分からない。自分に正直なだけだ」 大口をたたき、独自の型破りな方法で試合を売り込んだレスナーだが、本人が言うように決して口だけでないのが彼のやり方だ。UFCに参戦した当初から、UFC会長のデイナ・ホワイトは、活躍したければすぐに戦い始める必要があると忠告していた。当の本人は戸惑いを見せなかった。 UFCの新星ヘビー級ファイターとして紹介された2007年、レスナーは「UFCの登録選手を上から下まで見たけど、誰とでも試合ができる」と語っている。「オレの頭の中では準備ができているつもりだ。オレが5歳の時からレスリングを経験してきているし、みんなそれを分かっていないと思う。いろいろな運動も経験して継続している。オレには18年ものレスリング経験があるんだ。それに対して、ほとんどのファイターは一定の経験を積まないで戦っている。今すぐにタイトル戦に挑むのは難しいけど、必ずタイトル戦に出場する。どんな相手との試合にも出て、オレの実力を証明する。対戦相手を選ぶためにここにいるんじゃない。本当に誰とでも戦う。それがオレの仕事だ。試合を組むのはオレの仕事ではない。オレの仕事は戦うこと、それだけだ」 短い間ではあったが、好成績を残したレスナー。元ヘビー級王者のフランク・ミアと対決した自身のデビュー戦ではミアをあと一歩のところまで追い込むも、サブミッション負けを喫しまった。しかし、その後にはクートゥアとPRIDEで活躍したヒース・ヒーリングから立て続けに白星を挙げ、歴史的大会であるUFC 100で行われたミアとの再戦では圧倒的な力を見せつけて勝利を収めている。カーウィンとの一戦では苦しめられながらも度胸あるパフォーマンスで最終的には逆転勝ちした。 通算5勝3敗でMMAを去ったレスナーだが、真の相手は決してグローブを付けて倒せるものではなかった。レスナーは憩室炎を患いながら試合することができず、可能性を大いに残したまま、やむを得ずMMAを退く決断を下したのだ。おそらくレスナーは長年MMAで活躍する運命ではなかったのだろう。稲妻のごとく現れ、強い印象を残し、ファンを欲させたまま、去っていった。しかし、それがレスナーの使命だったのかもしれない。 「オレができるのは、全力投球のみ」とレスナーは言う。「すべてのことに全力なんだ。結果は後で考える」