アメリカ時間2016年4月14日、ロンダ・ラウジーにとってはすでに長い1日になっていた。しかし、彼女と写真が撮りたくて並んでいた人々と言葉を交わしているラウジーの様子からは、そんなことはみじんも感じ取れない。 ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ州知事は同日、ニューヨーク市で歴史的なMMA法案の採択に署名した。その日、ラウジーはカリフォルニアからマディソン・スクエア・ガーデンに駆けつけ、記念写真撮影やスピーチに参加し、これからやっと一息つこうとしていた。しかし、バックステージではアルバニー州政府から来ていた政治家や職員、その他ありとあらゆる人がラウジーとのセルフィー撮影やおしゃべりを楽しみに待っている。そして、元女子バンタム級チャンピオンは、その求めに対してただの一度も断わることはなかった。 彼女は冗談を飛ばし、大笑いし、ほほえみ、握手を交わしている。瞬間的に、これが2013年にUFCで躍り出て以来の彼女の生活だったのかと気がつく。ラウジーにはすでに、五輪出場選手として、Strikeforceのアームバーの女王として、メディアの注目を浴びてはきていた。しかし、大爆発したのはやはり、UFC史上初めての女子王者に輝いてからだろう。 汗もかかずに一本勝ちやノックアウトの山を築いてきたからといって、ラウジーはただのカリフォルニアの殺し屋ではない。彼女は開拓者であり、映画スターであり、メディアの寵児(ちょうじ)であり、誰もが写真を撮りたがり、サインを求めるファイターだったのだ。3年間も、毎日そんなことに対応する大変さを想像してみてほしい。 そんな中でも、雑音を断ち切って試合の準備を済ませると、ラウジーはオクタゴンに向かって歩を進めた。これこそ、ロンダ・ラウジーが現代最高のアスリートである理由なのだ。映画の役柄でもなければ、雑誌の表紙でも、レッドカーペットを歩く姿でもない。”ラウディ”ことロンダがオクタゴンに上る時、忘れ難い何かが必ず起きるからなのだ。 数字が動かぬ証拠だ。プロ戦績13戦12勝、うち全12試合でフィニッシュ勝利、11試合の勝負を1ラウンドで決めている上、8試合が1分以内でのフィニッシュである。ミーシャ・テイト、キャット・ジンガノ、リズ・カムーシェ、サラ・マクマン、サラ・カウフマン、アレクシス・デイビスなど、対戦相手に簡単な選手などいない。 確かにラウジーは前回の試合でホリー・ホルムに第2ラウンドのノックアウト負けを喫した。その後、ラウジーの勢いは衰えているが、このスポーツでは誰にだって負けることがあるということを忘れてはならない。UFCホール・オブ・フェイマーのマット・ヒューズが「負けたことがないということは、ちゃんとした相手と戦っていないということ」と語った言葉があまりにも的を射ている。2011年のプロデビュー以来のラウジーの業績を、たった1試合で却下しようとする人がいるとすれば、その人は格闘技を分かっていない。 と言いながらも、ファンも関係者も皆、ラウジーの復帰を待ちわびている。彼女の物語はもう完結してしまったのかもしれない。あるいは、未完成のチャプターがあるのかもしれない。 本当のところは誰も知るよしがない。しかし、これまでにラウジーと少しでも話をしたことがある人なら理解できるだろう。彼女はウソをつかない。彼女は心の内を打ち明ける。それで傷つくことになろうとも、彼女はあるがままを話す。ラウジーがニューヨークにいる時、歴史的な開催地や会場で戦うこと、思わず写真を撮って壁に飾りたくなるような試合に出場することについて話を聞いた。しかしながら、彼女はそういうタイプではない。 「私の家には写真は1枚も飾っていないの」とラウジーは語った。「ベルトも持っていない。どこかに隠してある。そういうものを家には置いておきたくないから。でも、歴史的な会場では戦ってみたいと思っている」 これは4月の話だ。これから作る歴史はまだあるのだ。ロンダ・ラウジーがその一部になることを期待しよう。なぜなら彼女は特別なファイターだからだ。まだ過去形にはなっていない。