日本時間28日(日)に迫るUFCファイトナイト・ロンドンで中村K太郎との対戦が決まってからずいぶん日がたったが、トム・ブリーズは今も母親に大学をやめると打ち明けた時のことを覚えているという――講堂を離れ、汗臭いマットや鉄のケージに場所を変えると伝えた時の不満そうな顔を。
ブリーズの人生を狂わせたのは『UFC Unleashed(UFCアンリーシュド)』のマット・ヒューズ特集を見たことがきっかけで、彼の大学生活が始まるはるか以前のことだった。だが、学校で何を学んでいたのか本人がろくに覚えていないところを見ると、母親はそもそも彼が角帽をかぶることを期待するべきではなかったのかもしれない。
彼を天職に導くヒントが啓示されたのは学校のITクラスの最中だった。
「課題なんてまったくやる気はなかった」とブリーズは薄笑いを浮かべる。「オレはひたすらUFCのサイトでファイターのデータに見入っていた。ファイター全員と、すべてのファイトカードを調べ上げ、授業の間中ずっとUFCの研究をしていたよ」
勉強に対するブリーズの考えはこれで十分すぎるほど分かるだろう。
「楽しいと思ったことは一度もねえな。何人かの先生に見つかったことはあったけど、オレのことなんて気にも掛けてなかっただろう、はっきり言ってね。ただこう言うだけさ――“好きにやらせておけ。どうせ成功なんてしないから”ってな」
こうして過去を振り返り、彼は笑った。
***
今の彼はその頃以上に真剣だ。オクタゴンに入って1ラウンドフィニッシュを2回決めたブリーズは、初めて務めるUFCメインカードに向けて爪を研ぐ。O2アリーナのチケットはすでに完売。彼はゲガール・ムサシ、マイケル・ビスピン、アンデウソン・シウバと一緒にスポットライトを浴びる。初めてイギリス・バーミンガム郊外でほこりっぽいファイトクラブのドアをくぐってからここに来るまでの道のりは長かった。
2009年にアマチュアキャリアをスタートしたブリーズは、“フィアレス(恐れ知らず)”というニックネームを得た。その後は7戦中6戦で決め技となったサブミッションの腕前から“オクトパス”と呼ばれるようになる。しかし、2015年にUFCに加わると、ブリーズはこうした呼び名を捨て、戦いこそが自分のすべてであることを証明しようとした。余分なものを切り捨てた彼のアプローチはカナダ・モントリオールで鍛えられたものだ。ブリーズはそこにあるトリスター・ジムのファイター用寄宿舎で1年以上生活していた。戦うことだけに集中した彼は、次の1勝によっていよいよ大舞台への切符を得た。
関連情報:ブリーズのプロフィール | UFCファイトナイト・ダブリンよりバックステージインタビュー
ルームメイトとは仲良しだとブリーズは言う――UFCのジョー・ダフィーやアーノルド・アレンもその仲間だ――寄宿舎のぼろい家具や共有の洗濯機を通して、一種の兄弟愛が生まれたのは事実。しかし・・・。
「プライバシーなんてものはない。部屋には天井がないから、周りの話はすべて筒抜けさ。(寄宿舎が)次第に混んできて、オレはよく眠れなくなっていた」
昨年10月にカハル・ペンドレッドを1ラウンドでノックアウトし、パフォーマンス・オブ・ザ・ナイトの賞金5万ドル(約560万円)を手に入れた彼は最近になってそこを出たという。
「今は自分の家を手に入れた。悪くないぜ」
モントリオールでビンテージもののアール・デコ調のアパートメントをガールフレンドとシェアする快適さにすぐに慣れた彼は、寄宿舎の薄い壁の中ではぐくまれた“ロッキー”風のメンタリティを過去のものにしたかもしれない。しかし、成功によって軟弱になったわけではない。
「ジムではますますエネルギーを出せるようになった。すべてが良くなったよ。あらゆるもののレベルが上がっているんだ。考え方も含め、以前よりずっと自信がついた。人生はいいもんだ」
今月後半に彼はそれをさらに良いものにしようとしている。
UFCファイトナイト・ダブリンでカハル・ペンドレッドと9,000人の地元ファンを黙らせたブリーズは、28日の試合で初めて敵地以外での試合を迎える。ロンドンのO2で満員の地元観衆と向き合うのはK太郎の方だ。中村K太郎はランキングトップではないかもしれないが、40戦のベテラン日本人ファイターがキャリアをスタートしたのはブリーズが12歳の時。それはリスペクトに値するという。
「別にオレがそういう性格なわけじゃない。ただ、誰かを見下すってのは好きじゃないんだ」とブリーズは言う。
「誰だって2つの拳を持っていて、このスポーツでは相手をノックアウトすることができる」
あるいは、K太郎が9月のUFC復帰戦でリー・ジンリャンを逆転したようにサブミッションを決めるかだ。要は精神力の問題だとブリーズは述べた。
「オレはトレーニングキャンプで毎回、次の試合相手のためだけに準備をしているわけじゃない。自分を限界までプッシュし、世界王者になるための準備をしているんだ」
ブリーズ対中村K太郎の一戦など見逃せいないカードが盛りだくさんのUFCファイトナイト・ロンドンはUFCファイトパスにて生中継!
***
初期の人気を支えてきたビスピンらが徐々に40代に近づく中、イギリスMMA界のニューフェイスはブリーズだという声がここ数カ月で高まりつつある。
メインカードを務めることはブリーズにとってブレイクスルーのきっかけになるかもしれない。だが彼にはそれに伴う責任を背負う覚悟があるのだろうか?
「そりゃ、オレとしてはトレーニングしている方がよっぽどいいさ。オレは自分がイギリス出身の中で一番のファイターだと信じている。(でも)イギリスMMAの顔になったからって騒ぐことはないぜ。オレはただ強くなりたいだけ。一方で自分のスキルを認められるはうれしいよ。だからまあ、流れに身を任せるだけさ」 
次に来るものは? 目指すランキングを具体的に指名することはないものの、適切なステージを用意することをブリーズは拒否しない。
「(ロンドンの)カードには満足だよ。UFCはオレにずいぶん期待してくれているようだ。この戦いがうまくいって、ラスベガスでPPV(ペイ・パー・ビュー)のカードを務められるようになれば最高だ」
それにうってつけの舞台が7月に予定されている。
「ああ、そうだったな。UFC 200ならこれ以上ないってくらい完ぺきだ」と言ってブリーズは笑う。「オレはなかなかのエンターテイナーだろ? つまり、持ってるんだ。9試合して9フィニッシュ、うち6回は1ラウンドで決めた。人々が見たがっているのはそういうファイターだよ」
PPVを射止めるには、やはりマクレガーを引き寄せたいところだろうか?
「そんな必要はない」とブリーズは冷静に言う。「オレの戦いがすべてを物語るからな」
ほとんど出席することのなかった大学を中退してから6年、プロとして9試合を経験した。今ではブリーズの両親も、予想だにしなかった息子の進路をそっと応援している。
「たまに、自分たちが客席でけんかしているんだ」と彼は笑った。「アイルランドでみんながオレにブーイングするもんだから、母親が知らない人と口げんかしていたらしいぜ。両親はオレを誇りに思ってくれている」